全国商工会青年部連合会
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連続小説 商工BOYS 第5回 〜青年部入部編〜  著:栃木県青連 高野ゆうじ
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「何してる?」 Re:「ゴルフの練習」
Re2:「ご飯どう?来れる?」 Re3:「行けるけど」
Re4:「何食べたい?」 Re5:「旨い焼き鳥!」
Re6:「じゃあ、21時でどう!」 Re7:「あ〜い」
Re8:「場所が決まったら✉します!」 Re9:「あ〜い」
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栃木暮らしになってからも、メール連絡は変わることなく
都内に住む友達と月に何回かは会っていた。
ただ、移動手段が地下鉄や都バスから自家用車に変わったけれど…。

それでも、車に乗って下道1時間、北関東道・上三川インターから東北道と首都高1時間チョイ
(首都高の渋滞によっては…)(汗)
河口湖とか山中湖とかに別荘でも買ったような気分で
寂しくなったら都会の風を吸いに行くノリでドライブ感覚を楽しんでいた。
ダウンロードした最新CDを連奏で聞きながら、「こういうのもありじゃねえ?」ぐらいのノリで。
(あれ?CD壊れたかな?裏表が反対でした〜↓ 10連奏、全部逆に差し込んでたりして〜↓)
(案外、CDに飽きて、FM聞いちゃうんだけど、NACK5とレディオベリー)
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「メール見たけど、その店行ったこと無いね!」「わかりそう?」
「西麻布でしょ?わかるとは思うけど、たぶん…」「ピセリはわかるっけ?」
「ああ、イタリアンの、うん」「ピセリの道なんだよね!」
「へえ、あの道に食べもの屋系あったかな?」「去年の暮れにできたんだよね!」
「ほおん…駐車場だったところかな…」「もう出たの?」
「うん、今、もう蓮田のパーキング!」「ハスダ?」
「蓮田知らないの?埼玉・埼玉!」「ああ、東名で云えば海老名的な!」
「そうそうそう、じゃあ」「はい、後で!」

樋口がチョイスした店は、西麻布の一本入った坂の途中
コンクリート打ちっぱなしの高い壁と、中から立派な大木の枝がせり出している
まるで焼き鳥屋のイメージとは違う、大使館かギャラリーと云われても違和感の無い外観。
サラリーマンが上司の愚痴をつまみに呑むような、新橋のガード下にでも行きたい気分だったが
そこは売れっ子構成作家
閑静な住宅地としても知られる都内一等地、落ち着いた隠れ家的な店を指定してきた。
(ここから、たてもの探訪よろしく)

ぼんやりと照らされた艶消し銅版製の店看板を頼りに、黒竹林と玉砂利のアプローチを歩くと
純和風でありながら、どこかにイタリアモダンとアジアンテイストが潜んでいるような
不思議な庭園と大きな玄関。
私は、飛び込んでしまったボールを取りに来た野球少年のように、恐る恐る戸を開けたが
さっきまでの静けさとは別世界の厨房から聞こえる活気を聞いて、安堵感でホッとするやら
想像以上に敷居が高そうな店の雰囲気に、ピシッとするやら。
(ジャケット着ててよかった!中はTシャツだけど…)

藍染の暖簾の先に広がるエントランスロビーは
天井が高く開放感いっぱいで、古材の太い梁が抜群の風味を醸し出し
L字に広がるその右サイドには
オープンなのに落ち着けそうなカウンター席と贅沢にスペースを確保したテーブル席
正面には奥行きを錯覚しそうな程長く感じる石畳の廊下と、左サイドに続く個室のモダンな障子戸
一輪挿しや小物に当たる間接照明の適度な明かりも心地よく
漆喰の内装が暖かい雰囲気で手間が見て取れる手塗り
そのすべての質感といい、さり気無さといい、センスの良さとこだわりの詰まった
どんな接待にもお忍びにも使えそうな料亭風。
(「月間居酒屋」だったかな?)
(「東京時間」だったかな?とにかく見たことあるな〜!うちの店で座り読みで…)
恐縮しながら着物の仲居さん風店員さんに名前を告げると
正面の個室の一番手前を案内され、結局30分遅刻で店に着いた。

「わりい、わりい」「おおう、渋滞?」
個室にひとりでいた樋口は、戸が開いてすぐにこちらを見ず
システム手帳に書きかけを書き終えてから、顔を上げてこちらを向いた。
「いや、遠い駐車場に止めちゃって…」「そう…」
聞いているのか聞き流しているのか、樋口は手帳をケリーバックにしまいながら
「ここ、オシャレなお店だよね〜、こういう雰囲気スキでしょ!」
自分のチョイスを自賛した。
「来たことあんの?」「一回だけね!」
「ここ、たぶん豪邸を相続出来なくて手放した物件だな!で、またデザイナーが〜」
窓からみえる外庭の風景を見ながら講釈をしているのに
樋口はドリンクメニューを見て、自分の2杯目を探しながら「何呑む?」とお絞りを手渡した。
「聞けや!」「長いから」
「俺も1杯目は、生、呑むかな〜」「あれ?泊まる気?」
「ダメ、かな?」「・・・・・別にいいけど、車は?」
「そのつもりで、安いとこに止めてきた!」「それは・それは…じゃあ、私も、もう1杯頂きますかな!」
「すいませ〜ん!生2つ!」

食べ物のオーダーを仕切りたがる樋口は、いつもメニューを独り占めして正面から見る。
向かい合って座った場合、両側から見えるようにしてメニューを眺めながら決めるのが普通なのに
(メニューが2冊ある場合はそれでもいいが)
一冊しか無いとしても、特に見せるそぶりも無く、それが当然だという顔で。
「食べ物のオーダー、いいですか?」
こちらが、まだ何も見ていないうちに店員を呼び、マンツーで店員と話し込む。
すぐに来そうな前菜、おすすめの料理、その一皿の量はどれくらいなのか、ふたりで一皿でいいのか
質問とその答え、その店員の技量、総支払い額、それは・それは見事な仕切り。
「とりあえず、そんな感じで!」
樋口のとりあえずは、ほぼ完璧で、いつも「任せておいて間違いないな〜」の結果。
(少し、メニューを見て楽しみたいんですけどね、実は…)

「忙しいの?」
TV業界で働く人の挨拶代わりの質問を、つい、してしまってから、すぐに後悔した。
「レギュラーが2本終わって、3本増えて、特番をもう一回やるっつうんで、先週からリサーチが始まって〜」
そこに、先に頼んだ生ビールが運ばれてきた。
「特に変わりなく、徹夜に近い日が週に2日3日、まあまあかな?ああ、ココに置いちゃっていいですよ〜」
それ聞いてどうするって顔を一瞬しながらも、樋口は面倒くさがらずに答えてくれた。

「すごいね〜、特番て何だっけ?」「雑学のクイズ番組!」
(TV情報誌で見たことあるな〜たぶん!うちの店で…)
♪テュルルルルン、テュルルルルン「おはようございます!はいはいはい、はい」
ワンコール鳴るやいなや、樋口はすぐにケイタイに出た。

「じゃあ、ひとまず、カンパ〜イ!](ボリューム↓)
小さい声で、樋口の前に置かれたグラスに自分のグラスをぶつけ、乾杯をした。
樋口はケイタイで話しながら、グラスに手を添え、目でそれを返した。
明日の打合せ時間変更の連絡を手際よく済ませ
「はいはいはい、カンパ〜イ」
乾杯の仕切り直しも軽く済ませるあたり、樋口の段取りの良さには…。

「ほいで、本屋さんはどう?慣れた?忙しいの?」「別に、普通かな〜」
「普通って、何?やっぱさ、立ち読みの学生にハタキとか持って咳払いとかしたりするの?」
ノリの悪い返しをしたから、樋口は転がしやすく会話をつないできた。
「学生があんまり来ないな〜」「ええっ!」
「・・・・・」「学生が来なかったら、じゃあ、どんな客が来るの?」
「客はほとんど来ないな〜」「ええっ!」
「テンション高いな〜」「お前が低いんじゃ!」

栃木での生活を、あんまり話したくないそぶりをしたからか、樋口の最近の話になった。
「担当番組女子アナの使えない話」「そのくせ評価が高いことへの不満」
「次に考えている展開」「企画会議あるある話」「タレントの話」
どれも懐かしいような、それでいて新鮮な話。
唯一、自分が女子アナになれなかったことへの執着だけは聞き飽きていたので聞き流したが
説明能力と展開の構成、樋口の企画が重宝されるのも、仕事がそうして増えているのも納得な感じ…。

話の途中で運ばれてきた料理のバランスも、その時に空いたお通し皿の渡し方も
その時を逃さずに発注するドリンク追加も実に手際がよく
かといって「やってます感」が無く、あらためて業界で自立して働く女の力強さを感じた。

「マジで、もう帰ってこないの?」「その表現て、行ったのか、帰ったのか、始点がどっちになるのかで…」
「このまま、田舎に引っ込んじゃうの?」「単直?・・・・・うん、どうだろうな〜」
「なんで?面白いこと考える才能あると思うけど、私なんかより…」「・・・・・」

競争競争の世知辛い世界で、そんなこと言ってくれる樋口がなんだか嬉しかった。
「なんか、根本的に業界が向いてなかったんだろうな〜、肉体的にも精神的にも…、基本的にテンション低いし」
嬉しいけど、そんな風にしか今の気持ちを伝えられなかった。
「そうかな〜?案外、そう見えて熱いとこあるし、いきなりテンション高くなったりするとこあるじゃん!」
そう言われると、逆に恥ずかしくて、直視してくるその顔を見られなかった。
「なあ、焼き鳥来てないけど、頼んだ?」「頼んだ!ここのは旨いよ!つくねもレバーもぼんちりも!」
「ああ、スキ×2!」「ほら、来たでしょうが!」
廊下から「お待たせしました〜」と声がして、焼き鳥が運ばれてきた。

「まあ、放送作家だけが仕事じゃないし、いつまでもやれる仕事じゃないからね〜」「・・・・・」
「じゃあ、どうするの?」「どうするのって、・・・・・レバー旨いね!」
「臭みが無いし、半生みたいな、クリーミーな、ね!」「これは旨い!」
「家継いで、結婚とかしちゃって、子供とかつくっちゃって?」「それも、どうだろう」
「ショッピングモールでベビーカー押せる?」「ディズニー関係にも行けますけど!」
「そういうのやれる系?」「一番嫌いな系だったけど、やれないこともない、かな〜」
「まあ、そういうのもアリになるんだろうね〜」「俺、対応能力アリ×2なんだよね〜」
「なんかさ〜、私も茨城出身の人間として、北関東って帰るのも簡単な距離でさ〜」「つくねも旨いね!」
「田舎が、近くて遠いっていうか、中途半端っていうか…」「バラエティーなのか報道なのか、みたいな?」
自分の話がしたくない、聞かれたくない、それこそ、自分自身が中途半端な存在だと言われているような気がした。

「私は茨城に戻るイメージ無いな!」「お前は兄貴がいるからだよ!」
「あれ?高堀もお兄ちゃんいなかったっけ?」「いるけど、こっちだし」
「あそっか!」「親も今年で70歳だよ、70!」
「親のこと考えると、そりゃあ、ねっ」「親のためってわけでもないんだけどね、実は!」
やりたい仕事、住みたい場所、家族、生き方、すべてが難題すぎて、話がしんみり方向にしか行かなくて。

「冨永とかどう?」「ああ、すごい事になってるよ!」
「ほう」「新番に冨永あり、みたいな、売れっ子街道驀進中!何本始まったんだろう?すごいよ!」
「ほおお、そうなんだ!」「プロデューサーの関さんとやってる番組が当たったでしょ!」
「知らないけど…」「当たったんだけど、まあ、そうなると、うちでも〜うちでも〜みたいな!」
「へえ、そうなの!」「雑誌で連載コラムも始めるそうだし!」
(なんて雑誌かな?お店で読もう…)
業界の人間関係、くっついたり放れたり、浮いたり沈んだり、これも懐かしいような
でも少し聞き飽きた話。

「奥さんとか子供とか元気なのかな?」「どうかな?家になんて帰ってないんじゃない?」
「下の子、可愛いんだよね!もう幼稚園に上がるぐらいじゃねえかな?」「そうなの?」
「俺の引越しの時に泣くわ泣くわで!」「へえ、そんなことあった?」
「なんか我慢してたみたいで、会いたいな!」「今日、誘ったんだけど!もう一回携帯かけてみようか」
「いいよ!いいよ!」「高堀、子供好きなんだ!」
「誰でもそうだろ!」「私は無理!」
「へえ」「すぐ泣くし、生意気だし、だいたい、そこに理屈がないでしょ、それが無理!」
「理屈はないでしょ!子供は本能なんだから!」「そこが無理!」
「へえ、そういう女ってホントにいるんだ!」「多いと思うけど!」
「結婚は?」「ううん、結婚も無理だろうな〜」
「そうだわな〜」「お前に言われたくわない!」

「おりますな〜?」
冨永が松本と嵯峨野を連れて、ノコノコやって来た。
最近また太ったのか、まさにノコノコという風貌で。
「おお!」「久しぶりですな!高堀ちゃん!」
「おお!」「こいつらも一緒なんだけどいい?」
「おお、うんうんうん」「じゃあ、失礼しまして!」
テーブルを整理する樋口の後ろを
冨永はまたぎながら股間を押し付けるマネをしたので
樋口にスネを全力でチョップされた。
「汚らわしいんじゃ、コラ!」「イッテ〜、ハンパなく痛いし!」
「当然の制裁じゃ!」「痛すぎるでしょ〜おうが〜」
席をズレタ私の手前に松本と嵯峨野が座って、その様子を3人で大爆笑した。

「打合わせ終わり?」
冨永は、私の質問にスネを抑えながら
「そうですよ〜、高堀ちゃん来るわ、樋口女史から伝言だわじゃ、巻きで来たのにこの仕打ち!」
「3人で飲むのは何ヶ月ぶりだろう」
樋口は、同期の仕切り屋らしく、チョップしたことなど無かったかのように
仲良し同窓会のようなテンションでつぶやいた。

メニューを取ろうとした私を制して、「あっ、僕らやりますから!」と、松本。
「生でいいよ!」と、冨永。
「すいませ〜ん!」と店員を呼ぶ嵯峨野。

「冨永、元気そうだね!」「そっちこそ、イキテタ?!」
樋口がイヤそうな顔で、「なんか、その言い回し似合ってきて、ウザイわ〜」
「いつも厳しいね〜樋口女史は!」「うわっ!その言いまわしも、ウザッ!」
いかにも業界人という冨永のノリを、樋口はマジでイヤな様子、それを見て余計に演じる冨永も悪ノリを続け
「ずっと、こんな感じですか?」
松本は、不思議そうに聞いてきた。
「昔から、こんなんかな〜」
私は、2人の様子を見ながら、変わらないでいられることを羨ましく思った。

「高堀さんて、今、何やってんすか!」「実家で本屋」
嵯峨野の素朴なトーンに、素っ気無く答えてしまった。
「こいつは、昔から読書家だったから!」
適当なことを言う冨永の言葉を、松本と嵯峨野が「へえ〜」と納得したので
「バカかお前ら!」樋口が全力で突っ込んだ。
「読書家だからって、仕事替えして本屋になる奴いるか?」
「いや〜、じゃあ、嘘っすか?」「嘘でもないし、ホントでもないよ!」
「実家に帰ったっていうのはホントなんすよね!」「うん」
「茨城でしたっけ?」「茨城は私で、高堀は栃木!」
「栃木だっぺよ!」
冨永の栃木弁風に一同は苦笑した。
企画会議を毎日しているメンバーだけあって、息つく暇無く会話は続き
樋口が廻して、冨永がチャチャを入れる感じでテンポのいい流れが続いた。

「北関東なめてんのか?こらっ!」「別になめてないし!」
「お前、博多から1時間かかるのに、博多出身って言うのどうかと思うよ?」「わかりやすいからですけど、何か?」
「うそつけ!」「うそじゃないです〜、浦安なのに東京ディズニーランドっていうのと一緒です!」
「古い例えをすなっ!」「わかりやすいからですけど、何か?」
「冨永の話はいいや!お前らどこ?」「止めんのか!」
顔を見合す松本と嵯峨野は、ボケた方がいいのか、何かにかぶせた方がいいのか、を悩みながら
「僕は長野です」と松本、「僕は石川です」と嵯峨野。

「松本は松本なの?」「へ?」
「長野なんだろ?」「はい」
「松本市なのかって聞いてんの!」「いや、佐久です」
樋口の取調べに、タジタジの松本。
「じゃあ、サクサク喋れよ!」「ダジャレっすか?」
「うっさい!」「すいません」
(強引だな〜)

「嵯峨野は石川のどこ?」「金沢です」
自分の順番が来て、恐る恐る答える嵯峨野。
「金沢って顔してねえだろ!」「すいません」
(金沢らしい顔って、どんなよ!)

「松本の、実家の親父は、仕事、何?」
全員のドリンクが揃い、乾杯を済ませたところで、取調べ官チェンジとばかりに、私が聞いた。
「うちは中学の教師です」「へえ、やっぱ、お母さんも?」
「はい!」「やっぱり!兄弟3人?4人?」
「3人です」「やっぱり!」
「なんでですか?」「パターンだよね、パターン!」
「なんのパターンですか?」「俺の先生のイメージって、子供多いんだよね!」
「そうなんすか」

「嵯峨野んちは?」「JAです!」
「農協だろ!ロサンゼルスみたいに言うな!」樋口が突っ込んだ。
「JAって言いましたけど」「その言い方だよ!」
「すいません」

「じゃあ、実家はお米作ってンだね?!」「はい、つっても自宅用だけですけど、爺ちゃんと婆ちゃんが」
「ふうん。・・・・・じゃあ、親の面倒は見なくていいの?」「兄貴がいますから!」
「お兄ちゃんは何してんの?」「公務員です!」
「ほう、親孝行だね。」「夢が無いんですよ、彼は!」
「自分の兄貴つかまえて、彼って、なんだよ!」樋口ふたたび。
「すいません」

「そうかもしれないけど、責任感とかじゃないの・・・・・。松本、兄弟は?」「妹が」
「じゃ?」「妹が親の面倒見るんじゃないですか」
「ふうん」

樋口が店員を呼んで、料理の追加をしようとした時に、冨永が
「いや、俺たち行くところあるから、なあ!」と、おどけながら言った。
樋口が松本に「どこ?」と聞いたが、「いやっ、ちょっと、わかんないっす」
「六本木でクラブ活動か?冨永は好きだね〜!」
「いや、こいつらを少し喜ばしてあげないとね!」
先輩が後輩を連れて歩くのは普通だけど
冨永は、稼ぐ前から事務所に前借してでも、とにかく後輩と何軒も飲み歩いていた。
できるだけ仕事の話や真面目な話をさけて、ひたすら無駄使いに近いお金の使い方で。

「あっ、子供どう?元気?」
聞きそびれていたことを、ようやく聞けた質問だったが
「言うこと、聞かねえ聞かねえ!」
うんざりした顔で冨永は答えた。
「あんたが家に帰らないからでしょ!」と
男子を叱る優等生女子風に樋口が叱った。
「かみさんのお袋が最近よく来てさ、なんか苦手なんだよね!」
冨永は、靴を履きながらボソボソと小言をいい
「じゃあ、お疲れね!高堀ちゃん、またね!」とあっさりと出て行った。
「お疲れっした!」と、声を合わせて、松本と嵯峨野はそそくさと後を追い
残ったジョッキを片付けながら「冨永はアホだね〜」と樋口は言った。
(ここまでは、人物探訪よろしく)


「なんかさ、バッと来てバッと帰られると、寂しいね!」「えっ、そう?」
2人になって、何を話すか思いめぐらせて、結局思いついたのが例のことだった。

「あっ、商工会って知ってる?」「うん?それ何だっけ?」
「俺もよく知らないんだけど」「なんか商店街の集まりみたいなやつじゃないんだっけ?」
「たぶん、そんなんなんだけど…」「それが?」
「うん、家は本屋だから、そういうのに入っているというか、加盟しているっていうのかな?」「で?」
「で、その跡取りの集まりの青年部っていうんだけど、それに入ってくれって言われてて」「青年団みたいな?」
「青年団ていうのと、すこし違うような気がするけど、そんなんかな?」「入ったら大変なんじゃない?」
「ああ、やっぱりそう思う?」「わずらわしそうだし、やめられなさそうだし、閉鎖的な感じあるし!」
「ああ」「田舎って、若者がいないじゃん!だから勧誘とかすごいんだろうけど、島国根性っていうかさ!」
「ああ」「蛍光灯の下で、あ〜じゃないこ〜じゃない話しながら宴会やりそうな?」
「ああ」「そういうの入ったら、田舎どっぷりなんじゃない?」
「ああ」
自分でも感じていたマイナス要素を、樋口の冷静な分析ときっぱりした口調で言われて、「ああ」としか返せなかった。

「で、入るの?」「どうした方がいいのやらっていう話…」
「じゃあ、入るんだ!」「えっ?」
「高堀、断れない人だから!」「俺って、そう思われてんの?」
「思ってますけど、当たってるとも思ってますけど!」「そうなんだ…」

「で、入って何するの?」「夏祭りを盛り上げたいんだって!」
「はっ?」「夏祭りを盛り上げて、町を盛り上げたいんだって!」
「へえ、イベントに借り出されるわけか!」「ま、そんなところかな」
「で、何するの?」「ゆかた美人コンテストだって!」
「面白そうじゃん!今更って気が、ムンムンするけど!」「今更なんだよな〜」

デザートのメニューを見始めた樋口に、「俺はいらない」と手を横に振りながら、話を続けた。
「面白くなるかな?」「コンテスト?」
「うん」「私がやればね!」
「じゃあ、手伝って!」「スケジュールがいっぱいなもので、ご勘弁くださ〜い!(笑)」
「じゃあ、ダメじゃん!」「高堀なら・・・、それなりには面白くできるでしょ!」
「それなりって!」「いつも、それなりにはまとめるじゃん!」
「あれっ?俺ってそういう評価?」「どの分野もそれなりに合格点の高堀!」
「断れない人で、それなりの人か〜、厳しいね〜」
苦笑いしながら、どの分野もそれなりの合格点、という評価を噛み締めていた。
「そうかもしれないわ」「どうした?」
「いや、うんうんうん…」「酔った?」
「中途半端で、そこそこで、断れない、かあ…」「帰ろっか?」
この答えが、今の状態なんだろうな、と思った。
「自分の話をしなければよかったな…」
好きな仕事をしている人に話すことでは無かったと、後悔した。


樋口とは気を使わずにいられる。
付き合いそうな雰囲気になったことがあったような気もするが、意外と何も無い。
男と女の間に友情が成立するとは思わないが、意外にそこは…。

呑んだ夜は、必要最小限の物しか置いてない、よく整理された彼女のマンションに上がりこみ
女の子の部屋で味わう例のソワソワ感もなく、リビングソファーで仮眠させてもらうのが通例。
呑み直したり、シャワーを浴びてしまうと、「あれ?あれあれ?」という想定外な空気になりかねないので
個室とリビングに早々別れて、そこはお互い素っ気無く寝るのも通例。
(なんとなく寝付け無くて、なんとなく目が覚めちゃうのも通例といえば通例)

その日も、いつものように素っ気無く、いつも以上に寝付け無いまま
(たぶん、自分の評価が気になって気になって)
静かに起きて、静かに身支度をした。
「ありがとう!またな!」と書いたメモをテーブルの上に、その上にTVリモコンを置いて
(この通例、やめた方がいいわ、俺…)
タバコの吸殻入れにした空き缶をお土産に、外から鍵を閉めて新聞受けにそっと滑らせ
マンション前の蛇崩交差点でタクシーを拾って、駐車場まで移動した。
すべてがいつものようないつものパターンなのに
その日は、いつもよりもやけに日差しが眩しいような気がした。


都内に住んでいる頃は、渋滞の無い早朝の首都高を走るのが大スキだった。
無駄な時間が短縮できて、何より特別扱いをされているような都合のいい錯覚を味わえて。
それが、その日は違った。
あっけなく通過してしまう物足りなさ、「去る者は追わず」と言われているような冷たさ
行き道には感じない完全な被害妄想だとはわかっていても
競走馬のゲートのように広がる東北道の料金所を潜った辺りから
理屈ではない感情が感傷的になって、車内に一人でいる空間が孤独を増長した。
写真
「このまま飛ばせば、銀河鉄道999のように浮き上がっていかないだろうか」
真っ直ぐだけを見ているつもりなのに、焦点があっているのかわからないまま
自然とアクセルを踏み込んで、追越し車線を誰にも譲ることなく
のどが渇いているのにパーキングエリアを次々とパスして、とにかく家路を急いだ。
それはまるで、群れをはぐれた草食動物のように。

とにかく無性に、マンハッタン・カフェの旨いコーヒーが飲みたくて仕方が無かった。
「すこし苦めの奴」が飲みたくて飲みたくて。


つづく
掲載全青連メールマガジン2010.9月号
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