全国商工会青年部連合会
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連続小説 商工BOYS 第9回 〜青年部入部編〜  著:栃木県青連 高野ゆうじ
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「ズバっ、ババっ、ギュギュ、ドッドーン、バンバンバーン!でしたっけ? 」
「そう!」
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私の質問に、小室さんは大きくうなずいて、手でグーをしながら答えた。
(よくもまあ、そこまでニュアンスで表現するな〜、しかし)
「なんとなくわかるんですけど、具体的にはどうすればいいんですかね?」
私は直接小室さんの口から、ニュアンスではなく具体的に聞きたくて踏み込んで質問をした。
「…それは〜あれだよ!……自分たちで考えろ!」
小室さんはそう言うと、スーっと立ってササーっと動いて、逃げるように「よく考えろ!あばよ!」と言い残して帰っていった。
(逃げるとこみると、雰囲気で言いやがったな!あいつ)
ポカーンとしたままのママレモンも「カランコロンカラン」という音を聞いて、慌てて追いかけるように「じゃねっ!」と言い残して帰っていった。
あっけなく退散した2人だが、それはそれでまるで嵐か竜巻のように大きな爪痕を残して去っていった。
(居座られても困るので、助かったところもありますが…)

「目標と計画に向けて、みんなを信じて、とにかく真摯に、とにかく突き進む!」
(なんとなく和訳して解釈したのはいいけど、そういう意味で言っているのか微妙な気がしてきたな〜しかし)
企画書表紙
企画書の表紙はすぐにできたが、そもそも趣旨と目的は何か、概要をどう表現・説明するか、
全体的な流れとタイムスケジュールをどうするか、どんな担当が必要か、それぞれ誰が適任か、誰がサポートをするか
用意するものは何か、それにはどんな予算が掛かるのか、考えなければいけないことが山積みで
部長と2人で何から書き込めばいいのかわからない状況で打合せは始まった。

誰でも一度や二度、深夜近くの企画会議や飲み会などで「今日の自分は冴えてる」と思った経験があるはずだ。
斬新な意見がポンポン出てギャグもツッコミも抜群で、すべてが可笑しくて堪らないやら、腹が痛くて堪らないやら、涙が止まらないやら…とか?
そして、それが翌朝冷静になってみると、まるで夢でも見ていたかのような、或いは狐か狸に騙されていたかのような経験も。
なぜこの企画で「よし!完璧だ!」と思ったんだろう、なぜあれほど盛り上がれたのだろう…とか。
そういう午前零時付近の出来事を、仲間内で「シンデレラの悪戯」と呼んでいた。
脳内麻薬がその要因だろうと推察するが、その現象は不可思議であり、面白くもあり、怖ろしいものだ。
私は、放送作家時代によくその悪戯をされた経験から警戒していたが、小室さんの言い回しを偉く気に入ってしまった部長の
「ズバっといこう!」「ババっといければ!」「ギュギュっといきたいね〜」「そこ、ドッドーンで!」「バンバンバーン!でいっちゃおうよ!」
次々と言い放つその勢いだけの言葉の嵐に、「冷静に!冷静に!」と自分を戒めていたにも拘らず
結局、面白いやら腹が痛いやら、途中から飽きてしまって腹立たしいやらで、「シンデレラの悪戯」ならぬ
「小室シンデレラの誘惑」(勝手に命名)(※キモイ)に振り回されながら、軌道修正に終始した。
くしくも、「小室シンデレラの誘惑」は脳内麻薬に引けを取らない怖ろしい魔力があることが実証され、同時に
ニュアンスというのは非常に便利だが、正式な書類を作成する上では何ら役に立たないということも実証された。
(だいたい分かっていたけど…)

それでも、初めてのことにしては想定と概算ではあるが、小室さんとママレモンが帰ってからの3時間で、なんとか大筋出来上がった。
「完璧だ!完璧だよ!」
出来上がった書類を私が読み上げると、部長は力強く言い放った。
(それがあてにならないっつうの!明日見直すからいいけど…)
「ありがとう、完璧だよ!」
「まあ、今日のところはこんな感じで!」
出来上がった企画書と決算書は、見る人が見れば稚拙なところもあるだろうが、自分たちにとっては最高の出来上がり。
あとは事務局吉見さんに見てもらうということで、明日の仕事合間に時間を併せて商工会館で待ち合わせをすることで解散をした。
「じゃあ、あとは明日!この企画、バンバンバーン!で、やっちゃおう!」
(もういいよ!)
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「お疲れっした!」
ステップで帰る部長を見送り、カウンターからシンクに洗い物を運び、もう一度書類を見直そうかと思ったが
石猫に「8時に起こして!」というメモを踏ませて、その石猫を照らすカウンターのライト以外の集合ライトスイッチを全部OFFにして店を出た。
そのまま、軽くシャワーだけ浴びてベッドで横になったが、あの言葉の響きと文章の再構成が頭を巡り
もう一度PCを起動するか、いいからこのまま寝るかを迷いながら、結局、寝返りを繰り返して朝を迎えた。

「どうするの?起きるの?8時よ!」
階段下から聞こえる母の声で目が覚め、「あと5分が100%二度寝になるパターン」の、いつもの自分を奮い立たせて起き上がった。
(奮い立たせるは大袈裟だけど…その辺が大人に成りきれていないところ…)
私は、昨夜寝返りをしながら考えた「これだけは追加!」の部分と、「悪戯と誘惑」無しの「冷静」な確認を早くしたくて
すぐにマンハッタンのカウンターでPCを開き、奴が立ち上がるまでの歯がゆい時間で着替えと洗顔を済ませた。
「パン焼く?」
「…ああ」
顔を拭いたタオルを首に巻いたまま、企画書の仮タイトル「第1回 ゆかた美人コンテスト」の下に
サブタイトル「美人の湯の里 夏の夜の競演」と追加をしてコーヒーを一口飲んだ。
いざ書き込んでみると、「の」が多いな〜、「夏より真夏」の方がいいかな〜、「競演より決戦」の方がいいかな〜
細かい詰めの作業を、まだ起動していない脳の判断に委ねるのをやめて
「ねえ、お袋!…夏の夜の競演!と、夏の夜の決戦!…どっちがピンとくる?」
タバコに火をつけながら質問をしてみた。
「…そうね〜、決戦!ていうと、戦う!みたいでなんかイヤだわ!」
文字で見た感覚より耳の感覚・イメージの世界を重視しつつ、「あとでもっといいのが出れば直せばいいか」と母の意見を仮決定として
トーストを食べながら、「てにをは」と意味合いのチェックを一通りして、印刷をクリックした。
それから、頭と体の起動とプリントアウトを待ちながら、指だけは細かく動かし、ドキュメントと企画書の上に受信トレイを開いて
ゆで卵を剥きながら、「そのまま削除」のメール確認処理をしていると、樋口からのメールが1通。
そこには、「青年部 どうなった?美人コンテストやるの?」という文と、この前一緒に飲んだ時の写真が添付してあった。
樋口は、いつもデジカメを持参していつも記念撮影をする。それを現像してプレゼントしたりメールしたりするのがマメで
出会いが拡がったり次の仕事につながったり、スキで始めた趣味のようなものだが、彼女の営業や恋愛にも活かされている。
(活かされているかどうか、本当のところは不明だけど…)
追伸で、「実家に戻って太ったね!」と書いてあり、よく見ると、添付の写真の中に明らかに背景の違う写真があって
みんなで鎌倉にドライブした時の写真や、箱根に泊まりに行った時の写真もまぎれていて
懐かしさを感じる前に、明らかに若くて明らかに痩せている自分に驚かされた。
2杯目のコーヒーを飲みながら、思いつきで適当な文章を書いて返信メールを送った。
メールイメージ
樋口なら企画書のどういう点を「甘いとか、ヌルいとか」言うのかを考えながら、プリントアウトされた企画書に目を通した。
読み返して思うのは、初めて見る人がイメージできるかどうか、というその1点。
「今まで通りでいい、余計なことをしたくない」と思っている人たちにどう伝わるのか」
「こんなんじゃ、やらせられないね!」って、一掃されないか。
不安というか、イマイチしっくりいかないところでケイタイが鳴った。樋口からだった。
「うぃっす、うぃっす!企画書見たけど〜」
「ほう、もう見たの?」
「…これさ〜、スポンサーはどこ?」
「スポンサー?…スポンサーっていうか、お金の出所は行政と地元企業の寄付の半々らしいけど…」
「はあ〜、じゃあ、単純に面白くなればいいわけだ!」
「…まあ、そうね!」
私は、TVの世界風に捉えている樋口の考えが、今更だと逆に新鮮に感じた。
「じゃあ、出場する女性にとってのうま味は何?」
「ああ、賞金とか商品な!ああ、まだ決めてないわ!」
「そこが無いと、現場は盛り上がらないでしょう〜」
「…そうね、…そうね!」
正式な書類を作成するということに終始し過ぎて、堅苦しい表現やそれらしい言葉だけを追っていたことに気付かされた。
「当日の構成台本も送ってよ!」
「まだ、そこまでいってないんだ〜」
「そうなの?そこがあんたの得意技じゃん!」
「……」
(得意技すら忘れて、借りてきた猫のようになっていることにも気付かせてくれて…)
「樋口、ありがとう!なんか急にやれそうな気がしてきた!」
「へっ?やれそうな気がしないでやってたの?」
「…まあ、とにかくありがとう!」
電話を切る簡単なやり取りをしながら、私は企画書の書き直し部分をイメージしていた。
この時感じた「完璧だ!」は、決して「何かの悪戯」では無く、今までやってきたことの裏付とその自信からで
プレゼン資料を一気に書き上げて、それまでの不安としっくりこない感を忘れ
テンパイタバコとコーヒーをじっくり味わいながら、何度も読み返して何度もイメージを繰り返した。
(今度こそ、完璧)

部長から言われた午後3時に商工会館に行くと、玄関前に消防車が止まっていた。
火事のサイレンも無かったし、ここまでの間にそんな様子も無かったので、「なんだろう?」とは思ったが
私が玄関に向かって消防車の横を通った時に、助手席から部長が現れた。
「おいっす!おいっす!」
「ああ!部長!」
地元消防の分団長をしているのは聞いていたが、またそういう登場をするとは…。
「びっくりした?」
「…企画書を少し手直ししましたけど、いいっすよね!」
「そりゃあ〜いいけど、びっくりは?…ねえ」
「いいから、行きますよ!」
「…そうなの。」
会館の中に入り見渡したが、あいにく吉見さんは不在で、女性事務員の齊藤さんと高橋さんが
「連合会に研修で、今日は帰ってこないんだよね〜」「ケイタイはつながると思うますよ〜」
吉見さんがいないのは想定外で、困惑気味の部長と「連合会に研修」の意味がわからない私は
奥で立ち上がっている岡部事務局長の挨拶と手招きに引き込まれるように奥の丸テーブルまで進み
簡単に部長が私の紹介を済ませ、局長が父とゴルフをした時のことを聞かされながらテーブルで雑談をすることになった。

「ああそうだ、コーヒーをお持ちして!ねえ!」
大声の局長の指示に「はあい」と斎藤さんが動き出したが
「あ、ちょっと待って!あれ?…美味いコーヒー飲み慣れてるから、コーヒーじゃない方がいいかな?インスタントだよ?」
「…いや、なんでも結構です…」
局長の独りごちた言い方に居心地の悪さを感じながら、私は部長に資料を手渡した。
「ああ、そういえば手直ししたって?」
「はい、ちょっと見てくれますか?」
「おお、そりゃあ見る見る!ヤクルトミルミル!」
(この人のそういうところ、付き合いきれないところ…)
「早く〜〜!出来るだけ美味しいコーヒー頼むよ!」
局長は2人のやり取りに興味を示すことなく大声を張り上げていた。
「企画書と決算書は昨日のモノとそんなに変わってないよね!」
「そっすね〜、でもちょこちょこ書き足したりしてます」
「それで、この構成台本てのは?」
「はい、当日までの流れがイメージできるようにそれまでの準備も含めたタイムスケジュールと本番の構成内容をまとめたモノです!」
「…ほお〜〜お!!!」
「MCのセリフや舞台の上と周りの動きなんかは仮で書きましたけど、大筋はそんな感じでいいかと…」
「…ほお〜〜」
部長は流し読みが得意ではないようで、かなり時間をかけてじっくりと目を通した。
その間、事務局長が世間話を振ってきたり届いたコーヒーを勧めてくれたりしたが、部長は相槌だけで交わし
私も、部長に質問をされても返せるように同じページを同じタイミングでめくって確認した。
「ほお〜、完璧だよ!」
(この人の完璧は聞き飽きているけど…)
「後は、これのプレゼンを今夜練習すればいいのかな、と思います!」
「…えっ?…プレゼンの練習?」
「明日の実行委員会とやらで部長がするプレゼンですよ!」
「…俺がするの?」
「えっ?…じゃあ、誰が?」
「そこは頼むよ!ここまでやってくれたんだもん、頼むよ!」
「えっ?……つうか〜、俺なんかがしていいんですか?」
部長は、局長の方を見て
「局長!年度途中ですけど、高堀君の入部は認められてますよね!」
「どうだろ?別に問題ないんじゃないの!?」
「じゃあ、明日の実行委員会に一緒に出てもらってもいいですよね!」
「どうだろ?それも問題ないんじゃないの!?」
「ありがとうございます!じゃあ、そういうことにして頂けますか?」
「了解!了解!じゃあ、内容説明は高堀君がするってことで!」
「はい、ヨロシクお願いします!」
(ええ?そういうとこの段取りはいいのねっ)(汗)
部長と局長の簡単なやり取りで、明日の会議出席とプレゼンを私がやることが決まった。
「でも、高堀君!」
「はい」
「明日の会議で、万が一この企画が認められなかったとしたら…」
「したら?」
「すべての責任は俺が取るし、まず、そうならないように俺が援護射撃するから、信用して!」
「…はい」
(いや、援護射撃は期待しないできちんとやれるようにしておきます…)

結局、明日の15時にここに来るということで、会議の通知文と会議式次第と出席するメンバーの名簿を貰って解散して帰宅した。
その日の夜は、久しぶりにPCと睨み合って企画書なんかを創ったからか、夕方店を閉めてからすぐに泥のように寝てしまった。
滅多に夢なんて見ないのに、都内にいる時の仲間と楽しく温泉旅行しているときの夢を見た。
でも、そこに何故か小室さんとかママレモンとか亜紀ちゃんとか小宮山部長もいて、マンハッタンの場面なんかも出てきて
自分が置かれている状況が確実に変化していること、今ここに生きていることを実感する目覚めだった。
そして、いつものように母が淹れたコーヒーを飲んで会議当日の朝を迎えた。
掲載全青連メールマガジン2011.2月号
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