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CCO NEWS 2020年3月
CCO NEWS 2020年3月号です。 3月14日(土)は医師会出張のため、午後は休診です。


CCO NEWS 岡空小児科医院院内報 No271 2020.3.1発行
3月14日(土)は医師会出張のため、午後は休診です。

「命を守るのに躊躇はいらない」1 参議院議員・三原じゅん子
子宮頸がんを経験した政治家がワクチン再開を訴える理由 「これ以上、何を検証するのか」
2018/01/5 Naoko Iwanaga 岩永直子 BuzzFeed News Editor, Japan

 子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。 厚生労働省が積極的に勧めるのを“一時中止”してから4年半が経った。 このワクチンを誰もが受けられるようにすることを目指して女優から政治家に転身し、公費で受けられる定期接種化を推し進めた政治家の一人が自民党の参議院議員、三原じゅん子氏だ。 自身も子宮頸がんで子宮を全摘した経験から、「同じ辛さを後に続く女性たちに味わわせたくない」と活動してきた。 三原氏は子宮頸がんやワクチンとどう向き合ってきたのか。 そして、定期接種でありながら、「国は積極的には勧めない」というねじれた現状をどう考えているのか。 BuzzFeed Japan Medicalは単独インタビューをした。

流産を2回経験した後の子宮頸がんという告知
 三原氏が子宮頸がんと診断されたのは2008年、44歳の時のこと。 人間ドックで引っかかり、子宮頸がんの中でも特に転移、進行しやすい種類の「腺がん」であることがわかった。 過去2回流産したことがあり、いつか母親になりたいという夢を人一倍強く抱き続けていた。 子宮全摘をすることになったが、わずかでも「子供を授かる可能性を残したい」と、再発のリスクが高まる卵巣を残す決断をした。 「入院中、隣の病室からは赤ちゃんの泣き声が聞こえるし、退院してからは街中で小さな子供を見かける度に傷ついていく自分がいました。 当時は独身だったのですが、女性として中途半端な人間になったのかなというネガティブな発想が常に頭の中にありました」

当初は子宮頸がんになったことは伏せていた
 「女性にとって子宮という臓器は特別なものでしたし、10年前はまだ著名人ががんになったことを公表することは稀でした。 医師の説明にしても、ネットでの検索にしてもネガティブな情報がほとんどで、がんというものへの認識が不十分だったことがあると思います」 原因となるHPVが性感染でうつることから、子宮頸がんへの特殊な「偏見」があることも、公表を躊躇させた。 実際には、相手がHPVに感染していれば、たった一人としか性交したことがなくても感染し、発症する可能性はある。 「後に患者さんからメールをいただいたことがあります。 『私は地方に住む子宮頸がん患者ですが、ご近所や家族にバレてしまったら家を追い出されて、離婚されてしまう。 男性との経験が多かったからじゃないかと思われてしまうのが怖くて、病院にも行けないし治療も受けられないで命を縮めている』という内容でした」 「そんな苦しみが付きまとう人もいるとたくさんご相談を受けて、間違った情報をどうやったら正せるのかということも考えました」 そして、現在に至るまで再発への恐怖はずっと心の奥底に棲みついている。 「取ってしまえばそれで終わりではなく、転移・再発に常におびえて暮らしてきました。 ずっとずっとです。 何か体調の変化があったら、すぐにそれ(再発)と結びつけてしまう。私は腺がんで卵巣も残したので、その後も万が一の時に仕事で迷惑をかけちゃいけないと思って、なるべくレギュラーの仕事は入れないなど、仕事の仕方もすっかり変わりました」

手術翌年にHPVワクチン承認 「みんなに受けてもらいたい」と政治の世界へ
 がんの患者仲間と子宮頸がんの撲滅運動に関わるようになっていた手術翌年の2009年10月、日本で初めてHPVワクチンの一つ「サーバリックス」が承認された。 ワクチンの承認を目指して運動を続けてきた仲間たちは、今度はワクチン接種の推進に力を入れ始めた。 ところが、子宮頸がんについてもあまり知られていなければ、3回の接種で5万円近くかかる高額な費用負担がネックになって、広がりは鈍かった。 政治家への陳情を続ける仲間たちから「三原さんが議員になってよ」と声をかけられることが増え、初めて新しい道に進むことを考え始めたという。 「初めてがんが防げるワクチンができたわけですから、守れる命は守るべきだと誰もが普通に抱く感情を強く感じましたよね。 私はサバイバーの一人ですから、みんな打ってもらいたいという気持ちは当然大きく、強く芽生えていました」 「しかし、非常に高額で、裕福な方はいいけれども打ちたくても経済的に打てない人がいる。 経済的なことで健康に差が出るなんて非常におかしなことではないかと義憤が湧きました。 みんな受けられるようにしたいという強い気持ちが、政治の道へ私の背中を押したのだと思います」

当時は野党だった自民党から立候補し、選挙戦ではHPVワクチンの無料化を訴えて当選した
 当選後はさらに活動に熱が入った。 当選後はさらに活動に熱が入った。 「厚生労働部会でHPVワクチンの公費助成について質問をしたり、関連議員にもお願いをして回ったり、HPVワクチンに関するプロジェクトチームにも参加したりしていました。 子宮頸がんの予防措置を推進するための議員立法の動きにも関わりました」 「あとは国民の皆さんへの啓発活動が大事だと思っていましたから、講演活動には力を入れ、全国を飛び回りました。 特に中学生、高校生のお嬢さんがいる親御さんたちや、医療関係の人向けの講演会や勉強会には力を入れました。 自分の子宮頸がんの体験を話しながらです」

定期接種化の実現、直後に一時中止
 そうした活動の甲斐もあり、2010年12月には公費助成が生まれ、2013年4月には念願の定期接種化が実現した。 「嬉しかったですね。私はこれで選挙を戦ってきましたから、これで一つクリアした、達成したという思いは強かったです。 ここにこぎつけるまでかなり時間がかかりましたから」 ところが、その2ヶ月後には、ワクチンを打った後に痛みやけいれんなどの体調不良を訴える声が相次ぎ、厚労省はこのワクチンを積極的に勧めることを中止した。 つまり、対象年齢となった女子に個別にハガキなどでワクチン接種を受けるように促すことをストップしたのだ。 三原氏はこの中止措置に納得がいかなかったという。 「なぜ日本だけ、こういう事態が起きているのだろう、その真相を知りたいという思いでいっぱいでした。 あの接種後の痛みがワクチンのせいだと思ったことは一度もありません。 (安全性を覆す)データや科学的根拠が示されていないので、そこまでの事態になるワクチンではないと信じていましたから」 「ここでやめていいのかという思いが強くあり、そのせいで守れる命を失うかもしれないという恐怖の方が強かったです」
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