全国商工会青年部連合会
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小説 商工BOYS 第10回 〜青年部入部編〜  著:栃木県青連 高野ゆうじ
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「え〜、数名の方が、あ〜、まだお越しになっておりませんが
あ〜、定刻でございますので、え〜、夏祭り実行委員会始めさせて頂きます!」
商工会館2階の大会議室、長細い長方形に配置されたテーブルの上手(奥)に商工会と観光協会の正副会長
両サイドに名簿順で各6名の理事、手前に事務局その中央の岡部事務局長の開会の言葉で会議は始まった。

部長は時間より早く来たものの、プレゼンする私の準備を手伝うわけでもなく、他の委員さんと雑談するわけでもなく
分かりやすくソワソワして何度も勝手口に出てはタバコを吸い、始まるまでの時間を持てあましていた。
時間になって着座してからもそのソワソワは続き、緊張を隠しきれない様子で
開会してからも金子会長挨拶の間も私のPCを覗き込んだりマウスを触ったり
しまいには、ひと指し指を立ててドラムを叩く素振りをしたり、あげくに、CCB「ロマンティックがとまらない」を歌ったり…
(どんだけ、緊張してんだよ、あなた! しかも、歌うなよ! ♪ふっ!とまらない!)
もはや部長は、ロマンティックよりも緊張がとまらないミジンコの心臓丸出しで、意気込みなんてミジンも無く
あの「小室シンデレラの誘惑」の勢いを忘れ、「持ち主のわからないガラスの靴」のような感じ。
部長を見ていると青年部が親会に参加することにはまだまだ大きな壁があり、意見を聞いてもらうためには
こちら側の成長がまず必要で同時に苦手意識がなくならなければいけないと痛感せざるを得なかった。
(永遠に青年部ってそういうものなのかもしれないけど…。)

「部長、ズバっ、ババっ、ギュギュ、ドッドーン、バンバンバーンで、いきましょうよ!」
「……うむむ、おうっ!」
(どんだけ、上の空なんじゃい!)

私は緊張していないと言えばウソになるが、理事席に座るマンハッタン常連の小田さんに声をかけられて少し心強く
万全の準備と言えるかどうかはわからないができるだけのことをした確信から余裕は無かったが躊躇も無かった。
あとは喋りだしのペースだけを想像して、同時に少しフワフワした感じで進んでいる会議全体の様子を見ていた。
挨拶の流れのまま会長が議長となり、前年度のことを踏まえて伊藤事務が今年度の趣旨概要説明を始め
前年度同様の内容と予算案という形で今年度執行部事業案が提出された。
打合せではここで部長が「青年部新企画」の上程をすることになっていたが
部長は遠いところを見つめたままポワ〜、まさに心ここにあらず…。
カルガモが親子で行進している画像
「部長!部長!」
「…えっ?何?」

焦点が合ってない部長に代わって、私は部長の左手を勝手につまみあげて「腹話術」を真似て声を張り上げた。
「すいません!ご提案がございます!」(※私の声)
部長は「何をするんだ!」という反応と「あっ!そうだそうだ」の反応を同時にしながらやっと我に返ったようで
「すいません!ご提案がございます!」(※部長の声)
改めて自分の声で言い直したが、少し声が上ずりむしろ私の腹話術風よりもそれっぽい発声
(声が、遅れて、聞こえる、さらに、上ずって、聞こえる…いっこく堂かっ!)
私は腹がヨジレルほど面白かったが、執行部や理事の方々は何がどうしたかわからないまま「ざわわ…ざわわ」。
部長はそのまま、スイッチを入れた玩具のように手元のメモを段取り通り棒読みで話し
早口でカミカミでグダグダになりながらズルズルで雑に私を紹介して、それを受けて私のプレゼンは始まった。
(下手な司会者だと苦労するわ…)(汗)

たぶん、今までPCやプロジェクターを使うプレゼンを見たことも聞いたこともない会議の参加者は
自分には関係ない出来事という「構え」で、部外者の話を聞かされるなんとなくわずらわしい様子で
イスに深く座って持たれかけたまま私の説明と映し出される画面を眺めていた。
その「引いた姿勢」をグイっと「持って来れない」ところが私の技量で、当然、自分自身に歯がゆさを感じたが
その自分のプレゼン能力の平凡さがその道のプロとして生きていくことを諦めた理由でもあるので
むしろ開き直って、むしろ堂々と最後までプレゼンを続けた。
わかりやすく合成した舞台設営画像もそれをすることで見込める町のイメージや今後の観光についての説明も
最後まで反応は薄く最後まで手ごたえは無かったが、私は最後までやり抜くことに終始してプレゼンをした。
終了して、隣の部長と反対側の理事席に座る小田さんの拍手に促されて全体からの大きな拍手を受けたが
私は、それまでと違うことをすることの難しさを痛感していた。
興味が無い人や心を閉ざした人にどんな映像を見せてもどんなに言葉を駆使しても伝わらないものは伝わらない
根回しも含めて「機が熟するということ」を考慮して初めてプレゼンは成立する、と教えられたような気がしていた。

「ざわわ…ざわわ」した空気の中、議長の会長と事務局サイドはプレゼンの中身を掘り下げることもしないまま
体制に影響の無い予算書と少しでも話題になればいいのでは、と採用を前提に話を進め始めた。
理事の方々も「それならそれで」という雰囲気で、誰もが中身を理解していないピンと来ていないような状態のまま
早々と閉会を迎えようとしていたが、厳しい顔の益子商工会副会長の一言でそのムードは一変することに。
「今年から新しいことを始めなくてもいいんじゃないかい?近々、町の合併もあるんだし、なにも今年じゃなくても!
だいたい、なんか問題が起きたらどうするんだい!誰がその責任を取るんだい!青年部が取れるのかい?」
「……」
全体が静まり返り、この人の影響力ある一言がこの企画成立のポイントになるのが手に取るようにわかった。
(たぶん、こうしてこの会議は流れているんだな〜やばい流れだな〜)
そこからは、議長や事務局がその会を仕切ろうとしない姿勢に私は愕然としつつ
私は「大人の力学」と「不毛な時間」を体感した。
その象徴が、執行部と事務局が顔を見合わせてからの岡部事務局長が慌てて話し出した一連の流れ。
「あの〜、賛成と反対、え〜、いろんな意見あるでしょうから、あ〜、決を採ったほうがよろし〜ですかね?」
一同は「ざわわ…ざわわ」から「ざわわわ…ざわわわ」。私も部長もどうすることも出来ずにいた。
「はやり、決を…」と事務局長が再度切り出す瞬間、ドアを乱暴に開けて小室さんとママレモンが現われた。
(えっ?えっ?えっ???)
動物の写真
私は「何を血迷ったのか」とその乱入を止めなければと慌てて立ち上がったが
「遅くなりまして〜すいあせん!」「すいあせん!すいあせ〜ん!」
ふたりはノンキな顔をしながら空いている理事席にドタドタ&スーと移動して平然と座った。
(えっ?そこ座るわけ?理事席ですけど?)
「ざわわわ…ざわわわ」が「ざわわわわ…」に変わり、私は口を「あわわわわ」と開いたまま
ふたりがなぜここに来て理事座に座っているのかが理解できないままでいた。
ニヤニヤしている部長が「ふたりは観光協会理事!」というメモを私の前に出してくれて初めて納得できたが
ふたりがこの会のメンバーであることを部長が忘れていたこと、本人たちが黙っていたこと
思えば小室さんとママレモンの名前を知らないこと、遅れてきたくせにふたりがそれらしく座っていること
その全てが繋がってなんだか急に力が抜けて、これが笑えることなのかも判断付かずに呆然としていた。
すると、小室さんが資料を見ながら野球グローブのような左手を上げ、そのまま許可も受けずに話し始めた。

「観光協会の理事、小室でございます!遅くなりまして〜すいあせん!ちょっといいですか?あの〜
青年部のプレゼントをもう一度いいっすかね!みんなもジジイとババアだから一回じゃ分からないっしょ!」
苦笑やら失笑やら入り混じっての反応だったが
(小室さんがプレゼンをプレゼントって言ったことはスルーなんだな〜、しかし、理事とは…)
「じゃあ、もう一度やらせてください!」
部長が始めて気合の入った声で言い放ちみんなの拍手を浴びたが
「じゃあ、高堀くんお願いね!」
(やっぱ、やるのは俺じゃんか!自分でやるような言い方しといて!)

私は、丁寧に言うべきところ、声の強弱を付けて説明して響いて欲しいところ、それと少しのアドリブを交えて
そしてポイントになる益子副会長の表情を見ながら2度目のプレゼンをした。
たぶん、何においてもそうだろう、1度目より2度目の方が上手く行くのは。私のプレゼンもそうだったと思う。
終わってからの反応はさっきよりいいし、何気に手ごたえも感じていた。
資料を見直すみんなの顔も口角が上がり、「決」となれば「賛成」に手を挙げそうな雰囲気。
「みなさんどうっすか?やらしてあげたいな〜俺は!なあ!」
「そうね!面白そうなんじゃないかしら!」
小室理事と猪熊一美理事が例の如くテンポよく会話を繋いだが、益子副会長がゆっくりと話し始めた。
「さっきも言いましたが、町の合併もあるわけだから、それからでもいいんじゃないかね?
なんか問題が起きたら誰がその責任を取るんだい!青年部が取れるのかい?事務局なのかい!」
間髪いれずに小室さんの反撃。小室さんはそれまでとは違うテンションで鼻息荒くビシっと言い放った。
「若い人の意見が採用されないってえのはどうかな?ジジイがいつまでも出しゃばるってえのもどうかな?」
小室さんに続いてママレモンがいつもより1オクターブ低い声で益子さんの名前を呼んだ。
「益子さん!」
「…はい、なんですか?」
益子さんはママレモンの顔を見ることなく資料に目を落としたまま少し怯んだ返事。
ママレモンはその返事を待って、さらに一拍置いてニュースキャスター出身の政治家のような語りで
「あの〜、今年やらなかったらいつやるんです?いまやれないことはいつまでもやれないと思いますけど!
いま金を用意できない人はいつまでも用意できない、いま離婚できない人はいつまでもできない!
…折角のこの企画、いまやらなければいつまでもできないことになるでしょうね〜
やらせてあげるべきではないでしょうか!それがこの会のこの町の発展に繋がるのではないでしょうか!」
益子さんに直接意見を言うこと、お金とか離婚とか言い出していること、ふたりに何か関係があるのか
周囲は驚きと同時に益子さんが怒り出すのではないかと凍りついたような雰囲気。
それからどれくらい沈黙が続いたのだろうか。
私は、武士の決闘で描かれる「先に動いた方が負け」を想像しながら、「その間」を観察していた。
すると、咳払いがひとつ聞こえたあとにその決闘に決着がついた。
「そんなに言うんだったらいいんじゃないですかい!やらしてみれば!」
益子副会長は不服丸出しの顔で、「本意ではないがお手並み拝見」という言い方で先に動いたのだ。
耐えられない沈黙と小室さんとママレモンの迫力が大きな山を動かしたような出来事だろう。
考えもしていないとんでもない対決とその結果に一同は手に汗を握っていたかもしれない。
「ああ、そうですか?」「そうですか〜」
会長と伊藤さんは「その言葉待ってました」とばかりにわかりやすく安堵した様子で
「じゃあ、やって頂きましょうかね〜、小宮山くん!あとは当日まで時間無いけど、その辺はどうなのかな?」
岡部事務局長の質問に、部長は
「バッチリです!ズバっ、ババっ、ギュギュ、ドッドーン、バンバンバーンでいきますから任せてください!」
(今頃出たか、それ… ♪ふっ!とまらない!)

しかし、びっくりしたのがママレモン。いや、猪熊一美理事。
レモンていうからには少しは柑橘系のイメージもあったが、どう考えても程遠いイメージ
柔道家のようで…気の強そうな長女のようで…謎めいためまいがしそうな香水のイメージ。
しかも、会議が終わって部屋を出て商工会館を出るまでママレモンは見事にスマシテいた。
それは、社会人というか切れる女って感じで、それが彼女なりの社会性というか演出なのかもしれないが
はしゃぎながら近寄ってきた小室さんとは対照的で「おんなって怖ろしいな〜」の一言。
ミニクーパーに乗り込んでから見せたくわえタバコの笑顔といつものバイバイは、口の中が酸っぱくなる程
知らされていない女の部分や墓場まで持っていきそうな秘密の部分を想像させた。
(酸っぱいというよりショッパイという感じだけどね…)
そうして、小室さんとママレモンのおかげで青年部主催の企画が実現することになった。
(ありがとう、小室さん!ありがとう、ママレモン!ありがとう、スッパマン!)
前に使ったミニクーパーとハーレーの画像
その日の夜、みんなで部室に集まってその日の会議風景を報告した時の盛り上がりは最高だったと思う。
どこかで誰もがなんとなくその親会の会議を突破することが険しい第一関門のような気がしていたし
そこさえクリアーできればあとはどうとでもなると思っていたからかもしれない。
私自身、TVの企画でも舞台でもイベントでも、現場以外の部署を通過することの難しさを知っていたし
そこを通過した後に、「あとはこっちのもんだから!」とプロディーサーが言っているのをよく聞いていたから。
でも、以前の飲みながらの会議風景とは全く違うものがそこにはあった。その日は特に大人のそれ。
盛り上がりながらも部長を中心に準備項目と日程スケジュールをもとに、担当の振り分けとサポート
責任の意味を説明して、明日からのみんなの動きを整理した。
そでに用意していた、大淵電気の大淵さんが用意したマイク・音響・照明の見積りも
大工の加瀬君が用意した会場の平面図とステージ設営の見積りも
看板屋の木内君が用意したタイトル看板のロゴイメージパターン図と見積りも完璧なもので
これだけのものをこれだけの予算でできてしまうことにことあるごとに歓声が上がった。
自分が何をすればいいのかを誰もがわかっているそれぞれの遣り甲斐と
それぞれが噛み合った時に出来上がる形も見えている共通の目的意識
私が用意した想定台本を読みながら、当日のイメージをそれぞれに膨らまして
テーブルの上に集められた資料を丁寧に説明して意見交換を盛んに展開していた。
「これって、作戦会議みたいじゃねえ?」
「プロジェクトって呼んでくれる?」
大淵さんと部長は目を輝かせて、弾んだ声ではしゃいだ。
「ここが秘密基地って感じもして、なんかワクワクしてきた!」
絶叫に近い加瀬の言葉をきっかけに、みんながその日一番の歓声を上げてハイタッチの嵐が起こった。
「そんなに上手くいくもんでしょうか?」
プロヴァンス橋上君がつぶやいたその言葉に、全員がフリーズして次の瞬間全員で睨みつけた。
「…盛り下がることを絶妙なタイミングで言うよね!逆にスゴイわ!」
「……なんか、すいません↓」
私のツッコミでみんなはそれを面白がってくれたが、睨みつけたまま歩み寄った加瀬が
「おフランスのフォアグラ野郎は黙ってろ!」
「フォアグラ野郎って…、意味わかんないけど、ヒドイ…」
プロヴァンスは、そのいじられキャラを実は「美味しい」と思っているところもあって
彼をはじめとしてキャラが見えているいい関係性が出来上がっている実感があった。
全員にそれぞれの居場所があって全員がそれぞれ刺激しあっている実感もあった。
「私は、当日のゆかたの着付けを無料でしますよ!」
プロヴァンスは胸を張って名誉挽回のつもりで言ったようだが
「ああ、そういう手があったか!ただなの?」
「そりゃあ、ただでやりますよ!」
「このスケベ野郎!」
「なんでスケベなんすか?」
「スケベ丸出しだろ!」
「ただでやろうとしていることを!」
「ただで触りまくろうっていうんだろ!」
「違いますよ!じゃあ、止めますよこの話!」
「ウソだよ!ウソ!」

誰一人いなくても困るこの青年部の企画、たくさんの人に助けられた青年部の企画
絶対に成功させるべく、初めての企画にしてはいろんな想定をして準備は順調に進んでいたと思う。
ただ、その夏いちばん熱い日になるはずの日に
その夏いちばん大きな台風が上陸することを想定していなかっただけで
その夏いちばん発達する熱帯低気圧がマリアナ諸島近海で発生していたことを知らなかっただけで…。
いま思えば、あのイベントは「それでもなんとかしてやる」「諦めずにがんばろう」という
青年部世代だからこそ成立した企画だと思う。
天候にしろ、自然現象にしろ、起きてしまったことをどう受け止めてどう対処するか
とにかく、あの夏のあのいちばん熱い日がもうすぐそこまで来ていることは間違いなかった。





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「作者からのメッセージ」
高野会長支援写真
このたびの大震災で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
4月のはじめに、宮城県七ヶ浜町と岩手県陸前高田市を訪ねましたが
自然の驚異(脅威)とあの惨劇を前にただただ無力さを痛感致しました。
まだまだ先の見えない状況下で生活をしていらっしゃる方々が多いと思いますが
どうか、先のことをイメージしてください!先のことについて仲間と話してみてください!
青年部世代が先を見なくては、これから続く復興は決して進まないのですから!
地域を牽引するのはいつの時代でもどんな局面でも青年部世代なのですから!
どうか、復興への「商工BOYS」が各地で始まることを心からお祈り致します。

仲間を信じて! 未来を信じて ! それぞれの「商工BOYS」を信じて…

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掲載全青連メールマガジン2011.5月号
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